サイレントヒル公開初日に行ってきました。要はそれだけ楽しみにしてたってこと。そして期待を裏切らない結果でした。あ〜、不快だった〜(良い意味で)
ストーリーは、夢遊病の娘がいつも呟く「サイレントヒル」という街に、娘を連れて単身向かった無謀なお母さんが、車の事故で娘を見失い、霧に覆われたゴーストタウン「サイレントヒル」で娘を探すうちに、次々と不気味な現象に襲われる・・・というもの。
まず驚くのはその原作ゲームに忠実な造形。イントロの路地の描写がゲームと殆ど変わりないのには参った。そしてクリーチャーたち。ゲームではポリゴンが荒すぎて「なんかよくわかんないけど気持ち悪い」だったのが(PSでした)リアルなきめ細かさで映画の大画面に!うわぁ〜って感じです。
といっても自分はホラー映画大好きで、ちょっとやそっとの恐怖描写では何とも思いません。けれどこの映画の恐怖描写は一味違う。原作は日本のゲーム会社、監督はフランス人。国境を越えごったになった感覚が、新しい恐怖のイメージを生み出している。それは美しくもあり、おぞましい。決してアメリカ製のホラーのように、ショッキングな演出やどでかい音響の効果音を使うといった小手先のものは使わず、もっと心理的に深い部分から、じわじわと嫌な汗をかかせるような。そう、不快。仕組まれた不快感。これがまさにのせられたといった感じで心地よい。
この不快感を出すには映画全体のトーンの統一が不可欠だ。これがまたやってくれた。
サイレンの音とともに、それまで霧に覆われ白い灰が降っていた街が一転、壁はボロボロに崩れ、周囲は赤く錆びたフェンスで覆われていく。世界は暗転し、赤く崩れたものたちに囲まれ、不気味なクリーチャーたちが蠢きだす。
といったこれは原作のゲームと同じなのだが、ゲームに負けず劣らず観客の不安感を逆撫でする。実際、ゲームを映画化すると、そのゲームをプレイしたことがある人なら物足りなさを感じることが多いと思う。何故なら、ゲームでは仮想空間であってもあくまで自分はその場にいるのであって、生死さえ自分のプレイいかんに関わって来るからだ。映画だとそういった緊張感はない。あくまで成り行きを見守るしかないのだ。しかしこの作品は、そういったゲームさえも凌駕する魅力をもっている。それはやはり、全体的なトーンの統一にあるんじゃないだろうか。あくまでもつくられた、つくり込まれ、完成された世界だからこそ、観客はその世界に没頭することが出来るのだ。
そしてその造形美。言うことない。
実はゲームを発売当初にプレイしたとき、クリアしたもののストーリーがさっぱりわからなかった。もう怖くて無我夢中でクリアしたようなもの。しかも確かBADエンドだったように思う。
今回劇場に足を運んだのは、これを解決したい意味もあったのだが、その目的は何とか果たせた。でもゲームを再びプレイしたくなった・・・意味なし。ゲームで造形に重きを置くばかりに、ちょいとストーリーがわかりにくくなったところを、映画はうまくバランスをとれたなあ、と思った。
また、クリーチャーの多くをダンサーを起用して撮影しているところも捨てがたい。フルCGでなく、生身の身体能力の優れた人間を使っていることで、更に不気味な恐怖感を盛り上げている。一番良かったのは看護婦のクリーチャー。(下記画像)

エンディングもかっこよかった。
ただ、かなりエグい描写があるにも関わらず、子供が入場していたのはどういうことか。きっとゲームをプレイしたりしているんだろうけど、ポリゴンのエグいのと実写のエグいのは次元が違う。ゲームにはR15してるのに映画にはないわけ??
赤ちゃんを抱いて入場していた親もいた。絶対発育に悪いだろ。泣きやまずすぐ出て行ったけど。当たり前だ。
こういったことを見ていると、日本の規制はどうかしている、と思う。アイズ・ワイド・シャットとか18禁にしてる場合じゃないよ。古いけど。
2006/07/23
CINEMA ・
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