タフでクールでこのうえなくカッコいいアメコミ出身ヒーローに、ひとつだけ足りないもの
ヘルボーイ/HELLBOY(2004)監督:Guillermo del Toro ギレルモ・デル・トロ出演:Ron Perlman ロン・パールマン 他
【注意】
この記事にはネタバレ表現が含まれています。
鑑賞予定の方の閲覧はご注意ください。
前レビューにも書いた同監督の
「Pan's Labyrinth」が良かったことや、周りの評判がわりと良いので「ヘルボーイ」映画版を観てみた。実は「ヘルボーイ」は原作を何冊か所有しており、原作者のMike Mignolaの絵が物凄く好きだという経緯がある為、実写版を観るのには少し抵抗があったのだが、主役がロン・パールマンならもうバッチリでしょう、全て許す、そんな感じで鑑賞に至ったのだった。(自分はロン・パールマンが「ロスト・チルドレン」を観たときから大好き)
ヘルボーイはその名の通り「HELL」(地獄)の「BOY」(少年)ということで、オカルト的要素が存分に盛り込まれているのが特徴だ。実写版は原作
「HELLBOY/破滅の種子」
をベースに物語が展開してゆく。
1944年のスコットランド、ナチス・ドイツが不穏な動きをしているということでトランダム大修道院跡に潜入した超常現象の権威ブルーム教授率いる連合軍は、そこで地獄から召喚された悪魔の子どもを保護する。それから60年後の現代、「ヘルボーイ」と名付けられた彼は「B.P.R.D.(超常現象捜査局)」というFBIの秘密捜査局の、魔物退治のエキスパートとして活躍するのだった。
オカルトがストーリーのベースにかなり根強く組み込まれているにもかかわらず、あまり重苦しさはない。それは、主人公のヘルボーイが、葉巻をふかし猫を可愛がりパンケーキがこよなく好きで、愛する女性と別の男性のデートをこっそり尾行してしまうような人間くささ満載のキャラクターだからだろう。だからロシアの怪僧ラスプーチンや魔物サマエルといったいかにも宗教くさいキャラクターが現代の世界に出て来ても、その違和感を中和させてしまう力があるのだ。また、その愛すべき人間くささを存分に放ちつつ、タフで、強く、クールだ。見ていて格好良いと思わせる要素を全て含有し、かと言って完璧ではなく、人として誰もが持ってる弱みはちゃんと持っている。これ以上かっこいいヒーローがいるだろうか。
アメコミ原作のヒーローものは大きく分けて3パターンある。スパイダーマンやバットマンというように、人間が変身(変装)しているもの、スーパーマンやX-MENのように、人間のようなビジュアルだが人間ではないもの(X-MENは一応「ミュータント」なので普通の人間とは別括りにした)、そして今回のヘルボーイのように、「明らかに人間ではないもの」だ。
コミックでは絵が基本なので、どんなキャラクターでも大抵自然に受け入れられる。だが、実写化した場合、一番難しいのがこの「明らかに人間でないヒーロー」ではないだろうか。人間、もしくは「人間ではないけど人間っぽいビジュアル」のヒーローならば、彼らの容姿が現実世界と既にリンクしているので、例えば彼らが街角を歩いている画に違和感を感じることはないし、空を飛ぼうが手から鋭い爪が伸びようが、それは彼らの隠された一面であると、なんとなく自然に呑み込むことが出来るのだ。だが、例えばヘルボーイが街角を歩いていれば違和感を感じない筈はないし、彼が魔物と戦っている画だけ観れば、なんとも非現実的なのだ。
なのでこういったヒーローを主役に実写化する場合、いかに彼らが「そこに存在するのがさも当然」のように映画自体が振舞えるかにかかっている。今作の場合、その点においては「惜しい」と言わざるを得ない。
冒頭、ヘルボーイの出動の際、巨大なゴミ処理車で偽装し、大々的に隠蔽してヘルボーイを搬送する描写などがあるが、そこまでして隠して逆に怪しまれないか?事件の起こった現場に何故ゴミ処理車?ってその場のみんな思わないの?という疑問が先に浮かんでしまう。超常現象捜査局を極秘にしているのはわかる。X-FILEなんかもそうだが、そういった極秘の組織というのはアメリカにはあってもおかしくない(笑)。だが、これは所詮映画でありフィクションなんだから、ヘルボーイは「いるもの」として扱って貰ったほうが、逆にリアリティが生まれるんじゃないだろうか。原作で(自分の読んだ限りでは)ヘルボーイは別に自分の存在を隠してなどいないし、捜査に訪れた先々でも普通の人間のように扱われている。そうすることで逆に、ヘルボーイが存在するのが普通、というその映画内世界でのリアリティが生まれるし、せっかくのおいしいヒーローなのだ、行動に制限をかけず存分に暴れて欲しいというのがいちファンの親心(?)というものだ。
また、隠蔽している設定のわりには最初からヘルボーイはハロウィーンでごった返す街に飛び出すわ、地下鉄で大暴れするわ、結構その身を人目に晒している。ハロウィーンのくだりは仮装で済むかもしれないが、地下鉄のくだりなどはその後のフォローが何もない。ヘルボーイの存在を隠しているならば、いきなり地下鉄にあんな赤い大男が現れたらそれだけでパニックだろうし、後日超常現象捜査局がその辺りはカバーしているにしろ、どうしてもそういった細かいことに意識がいってしまう。こういったエンタテイメント映画の醍醐味は、それがどんな非現実的ストーリーだろうとその世界に没頭し、存分に楽しめることであり、その成否がその映画の出来不出来に直接関わってくる。細かい伏線はきちんと回収し、映画内のルールがあるならばそれは一貫して守り、疑問には説明を付加する。それをこなすことで初めて観客は映画のストーリーそのものに集中してのめり込むことが出来るのだ。
今作ではそれが「全然ダメ」とは言わないが、少し惜しい。そういった日常世界と接する描写があまりないうえにデテールが説明不足のまま、終盤はロシアの地下の遺跡(非日常的なシチュエーション)へ舞台が移ってしまう為、益々現実味が薄れてしまう。もっと冒頭の博物館や地下鉄といった日常世界でのヘルボーイの振る舞いや周囲の様子などの描写が欲しかったし、それがあればもっとヘルボーイは「本当にいる」ように見えたのにと思う。
まあ、シリーズもの前提でつくられているんだろうから、今作はヘルボーイの出生や現在の状況への過程説明と、登場キャラクター紹介ということで、それ以外の部分はこれぐらいのウェイトでしょうがないのかも知れない。現在「ヘルボーイ2」がもうすぐアメリカでは公開ということで、次作はもっと街中で暴れるヘルボーイが見れることに期待。
ついでに、個人的だけどエイブとヘルボーイのタッグをもっと見たい。原作だと、この二人のタッグがかなりいい味出してるんだよなあ。
2008/01/30
CINEMA
*
153TB 0
153Com 0
↑