伊藤潤二ラッシュ。個人的に若干ブームなのか。つかいつでも読みたい、そんなタイプ。
伊藤潤二の漫画は普通の本屋さんじゃ手に入れるのが困難なため、まとめてAmazonで取り寄せてしまった。しかし「No Image(画像なし)」が多いなあ・・・
「新・闇の声 潰談」を先に読んだらいてもたってもいられず。個人的にこの人の漫画は普通の短編が一番好き。下記に挙げる二冊も「富江」シリーズの新作や、原作アリのものなど純粋なオリジナル短編ではなかったので、近年のオリジナル短編ではこのシリーズしかないのかと思うとちょっと寂しい。「ギョ」とか
「地獄星レミナ」とか、最近は長め(?)のが多いからなあ。
「闇」に関する短編集ということだが、特に「闇」と意識しないでも普通に楽しく(?)読める。バラエティの豊かさは健在。
最高なのは「グリセリド」という一編。寝る前に読んだら気分が悪くなってしばらく寝れなかった。「怖い」とかそういうものとは全く違う、純粋に不快・・・。食前食後に読むのは本気でおすすめしない。胃の調子が悪いときも。こんなに人を不快にさせるものを描けるこの人はやっぱ天才だあ〜 うえ〜・・・
「富江」シリーズの最新刊。自分は朝日ソノラマ刊の「伊藤潤二恐怖マンガCollection」を持っているのだが、その第一巻、第二巻の「富江」「富江part2」とは全く被っていない内容。
これを読んでから改めて富江シリーズを読み直したら、当然だけど富江が時代とともにどんどん変容してゆくのが面白かった。(富江シリーズは、初出1987年と、20年も前から描かれているシリーズなのだ)
昔の富江は、今だったら時代遅れの髪型やファッションをしており、しきりに描写される「絶世の美女」という先入観がなかったら、そんなに物凄い美人とも思えない。けれど、新しい富江はどうだ。金髪(茶髪?)バージョンや、明らかにギャル意識のファッションをしており、作者の絵が徐々に変容しているのもあるが、「美女」と思える。こうやって、その時代時代の「美人」観を反映させつつ、富江はやっぱり常にこの世で一番の美女でい続けるのだろうな・・・。そう考えると、そういった見方で見るのもこのシリーズの楽しみ方のひとつかも知れない。
「新耳袋」を原作に伊藤潤二がアレンジした短編集。主役は一貫して「ミミ」という女性。耳袋だからミミ・・・?その安直っぽいネーミングセンスも結構好きだ。
しかしこの装丁はどうしろと?カバー裏〜目次、奥付〜カバー裏までで2編短編が入っている。しかも白黒反転印刷!特に本編に収録されている話でもないし。この人絵が上手くてしかも結構細かいから、普通の色合いでじっくり堪能したかったです。ファンとしては。
内容は実話ベースなだけにいつもの破天荒ぶりはあまりない。その代わり、わりとリアル。当たり前だが。墓石動かすマッチョとかは本当にいそうで嫌だ。以前墓地の横のアパートに住んでいただけに・・・。
巻末に久々(「うずまき」ぶり?)に伊藤潤二の描きおろしあとがきマンガがついている。これ、意味もなくタッチだけどろどろしてたりしてかなり好きなので嬉しかった。
映画化伴い、ふと思い立って読もうと思ったら・・・な、ない!!本棚も押入れもくまなく探したが、どこにも見当たらないのだ。
「どろろ」は手塚作品のなかでもかなり好きなほうだったので、売る筈もないし・・・多分誰かに借りパクられたのであろう。と、いうわけでもう大人だし買い直すことに。借りパクってるひと、もう買ったので返さなくていいですから。
で、本屋に行ったら何処にも売ってない。多分、映画化の影響で品切れているのだろう。しょうがないのでAmazonで注文。Amazonはさすがにあった。良かった。とんだ「ふと思い立って」になってしまった。
このシリーズ、意外と短い。そしてあっけなく終わってしまう。これは当時あまり人気がなかったか、手塚本人が途中でモチベーションが下がってしまったのだろうか。個人的には百鬼丸が48の妖怪をコンプリートするところまで知りたかったし、欲を言えば成長したどろろも見たかった・・・(ブラックジャックで一瞬出てくる大人なピノコのように)。一編一編も回を追うごとにボリュームが薄くなり、ちょっと寂しいところもある。しかし、子供の頃これを読んだときは本当に怖かったシーンも幾つかあった。長者が飯を食わされているところとか・・・絵柄は手塚タッチでリアルでもなんでもないし、格別怖いシーンでもないのに、何故か背筋の寒さを感じてしまったのを覚えている。逆に子供はそういったところとは別の恐怖を感じとってしまうんだよな。ドラえもんもそうだけど。
どうでもいいけど、映画化には目下反対ですよ、自分は。反対つってももう上映されてるけど。
観たらまたDISブログが上がることは保証します。
2007/03/06
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